Hercelot LOG

変な音楽とか

Hercelot新譜 『slowalk』について補記

新アルバム『slowalk』を発表しました。
BandcampにてMP3/Cassetteを販売中ですのでよろしかったらぜひ。Apple Music/Spotify対応は2月とかになりそうです。

しかし、曲だけ改めて眺めると、なんかとらえどころのないアルバムだなあと自分で思います。「生活と死についてのプライベート・アルバム」とツイッターに書いたけど、死生観について具体的な主張をしたがってるわけじゃないです。
この記事は、サイドストーリーとしての読み物、あるいは自分が数年後思い出すための補記です。
そんなもんいらねえよ!という人は、とりあえず5曲ずつで区切り(カセットのA/B面)として聴いてもらえさえすればわかりやすいと思います。





マルチネから最初のフルアルバム『Wakeup Fakepop』を出したのは2013年。もう4年前になる。おれは大学生から会社員になり、あのころは実家暮らしだったし、よくいわれる「趣味と仕事のバランス」的なものを模索しつつも、こなすのは単発のリミックス・ワークばかりだった。(ちょっと気合を入れないと、と2016年12月に「毎日1曲上げる」を実行したのが小曲集『smallest advent』。これは明確に今作の布石だ。)
Wakeup Fakepop』の続編となるようなアルバムをしっかりやろうと、明るいデジタルミュージックをゆっくり作り進める反動で、どうにも感傷的な和声や掠れた音色が勝手に生まれてくることがある。そういう材料や勢いを使って、凝りすぎない規模感で作った、寄り道のアルバムが『slowalk』だ。



と、これはプロジェクト面の話。曲を作りながらおれの頭を支配していたのは「死とは?」だ。特にショッキングな事件があった訳ではない。思春期にも、東日本大震災時にも考えたはずの、人の死生について、おれはほんとうに真剣に考えられてなかったと思い知らされた。終わるとは?
死んだら何も思考ができない。鑑賞ができない。路傍に転がるどんぐりを見て、意識と無意識の境のギリギリにごく小さくも暖かい動機を持つことができない。(この表現は、おれの考える「かわいい」の理想的な語義モデルである。)



2017年2月、治療後の虫歯が脆くなっており、奥歯が大きく欠けた。今も、死ぬ最後の瞬間にも、そこに自分の歯はないんだと思った。きっかけといえばそのくらいだ。
その後3月、祖父の13回忌に行った。遺影の笑顔を見て、これは赤ん坊の頃のおれを抱いている写真のトリミングだと叔父が教えてくれた。地続きである生の上に立つ自分と、同じ時間を過ぎ生死の断絶を越えていった祖父。
帰り道、ユーリ・ノルシュテインのリマスター上映を見に新百合ヶ丘のアートセンターへ行った。久々に見た『話の話』は何百倍も空恐ろしいものとして襲い掛かってきた。
劇場を出て、駅のホームで鳩が歩いているのを呆然と眺めていた。お尻を振りながらてくてく歩く姿がかわいかった。愛すべきものがそこここにあり、心の中で愛でることができるのも、すべて有限だという理解が、やっと自分自身の問題として受け入れられてしまった。向き合った。「人生は一度きり」そんなことはわかっていた、そりゃ言葉通りだ、しかしあなたも本当の本当の本当にわかっているか?
一度モードに入ると見るものすべての角度が変わる。MOMATの常設で大きな戦争画を見て、戦火の時代に生が収まる人間のことを想像した。
意識を止めるのが怖くて眠りにつく直前はひどく動揺する日々が続いた。



昨年引っ越してきた部屋はとても空が広い。ベッドの上で仰向けに目が覚めると斜め上には大きく空があり、玄関を少し出ると高台から調布あたりの町を一望できる。空を眺める時間が格段に増えていた。生活が変わり場所が変わり時が変わっても空は大して変わりなくそこにある。今見ている空と同じような空が、死ぬ間際のおれの上にも存在しているだろうと思った、「奥歯の不在」と同じように。
寿命を全うできるという楽観の上ではあるが、50年の跳躍と着地を想像した。できれば陽の差した、明るい跳躍、明るい生活を望む意識を持とうと思った。『Brightliving』という曲を作った。『slowalk』の核となる曲だ。5月。少し眠りやすくなった。



2017年8月末、仕事が突然すごく忙しくなる。残業と休日出勤と不合理が増えてくると、意外と制作ソフトへ向かう頻度は上がる。が、密度の高い曲を計画的に組み上げるのは中々難しく、一方ラフ作は増えていく。おれは元々「大局をほっといて細かい所の機微ばかりいじって、密度は高いが俯瞰すると不格好」になりやすいのを自分の特徴と思っている。(のちに、どうしてもこの特徴は出てきてしまうのだが、)ラフ・ベースで作品を作っていく機会を忙しい生活が生んでいたとも言える。ぼんやりと、カセットとかでこれをまとめておきたいなという気持ちが出てくる。忙しさは12月半ばまで続いた。カセットテープを選んだのは、単にあのサイズ感とか軽さとか開ける音とか、佇まいが好きだという理由だ。



11月、LOUNGE NEOのスーさんから『暴力的にカワイイ2』の出演依頼が来る。開催日は12/23。2年前の12/23、『三毛猫ポップフェス』でトイバンドライブをやったことを思い出した。tomad社長が時折「ハスロの曲はなんかクリスマスの雰囲気がある」と言ってくれることも頭をよぎった。仕事はピークだったが、例えば20代で迎えるクリスマスもあと4回しかなく、有限の生は消費され、死はどんどん近づいてくるなと思った。老いた身を迎えることはあまり嫌ではないが、若さに対して非可塑であることはいくらでも悔いてしまいそうで怖い。「いいからやれ」。忙しさに忙しさをブチこもう。トイバンドセットで出演すると返事をした時、アルバムを出すと決めた。



ここから、曲別に……作った順で。

3. p.h.w.

これだけずば抜けて古い曲だ。2012年1月。前年からRedcompassとつるみ始めて、なんだかLow End Theoryが盛り上がってきてたり、ダウンテンポのカッコいいBandcamp Labelも増えて、Ambassadeursいいよな!とかAlphabets Heavenがイイとか言っていた。そういうのに憧れて、『FOGPAK #1』のため自分でも挑戦してみたら一日で納得できるものができた。Charred Comp80名義で『pet her wet』という曲名で出した。初めの一歩であったことと、こういう話ももう思い出として語れる過去になっていることのタイムスケールに思うところあり、収録を決めた。

1. qrleslove

2016年の秋から作り、『smallest advent』に収録しつつもその後もずっと弄り続けていた曲。憧れるピアノの質感をサンプリングでなく自前で作るというのが技術的なメインテーマ。あと、Jackson and his computerbandの和声感に影響を受けている。気に入っていたが、メインで進めているアルバムにこれは入らないな、どうしようかというところで、slowalkの計画を後押しした。

7. candying you

2016/12/03、『smallest advent』のために作った。アレンジは3時間で集中してやったが、ピアノコードは前からあり、仕事で楽器を試す際手早く弾けるフレーズがほしくて考えたものだった。


こてこての「音楽室感」がテーマであったが、でも、そんな楽しくて自由でセッション出来るような小学校の音楽ってなかったし、アイコニックに美化された過去というか、無邪気で幸せな子供という形式化の嘘を感じる。邪気を無にしたがっているのは大人のほうだ。いい年してアマチュアリズムを前面に出したトイバンドセットでやるにはぴったりの曲であった。砂糖漬けにして、中身の味はあんまりわかんなくしてしまう。

10. Brightliving

テーマは上で書いたとおり。5/14からつくりはじめて5/17にできた。曲名は明るい生活という以外にも人名からもきている。後半に出てくるピアノの展開は、その前にラ・ラ・ランドを観ていたのと、Calum Bowen「Get The Notion (Feat. Jay Michael)」の影響があったと思う。この曲だけ頭文字が大文字なのは、どうしても見栄えがそのほうがよかったというだけ。

5. I cannot relieve your pain

2017年9月。体調が悪いと報告された時にどうすればいいのかあまりよくわかっていない。体調が悪いのはいやなことだ、いつだって誰だって元気でいたい(たぶん)、でも心配するという気持ちは痛みや悪さをただちに解決するものではなく、医学か魔法のどちらかが必要だ。グーグルが簡単に教えてくれる家庭医学知識を放言するよりもっといいやり方はあるはずで、かといって自分は痛くないんだから「わかるわかる」というのも違って、ただ話を聞いて心配のスタンスをとる。大丈夫じゃない人に大丈夫?と言う。それ以上のことをできるようになりたい。どちらかというと魔法サイドの話だと思う。

8. a long walk to lethe

2017年10月。某コンピレーションの提供曲で、ほんとはそっちが先に出るはずだったんだけど……スーファミサウンドフォントとCasio Rapmanのドラム、宅録のおもちゃなどで比較的真っ当に作った曲。
Letheってのは神話で死後たどり着く川で、飲むと生前のことをぜんぶ忘れるらしい。生きていると新しい体験や知識が飛び込んでくるけど、過去のことも毎秒毎秒忘れていっていて、最後にゼロまで清算される。曲調に悲壮さはないけど、忘れていくことはそれ自体だけでは認識できず、ただ前に進むものである。タイトルもリンクしているとおり、『Brightliving』と並んでアルバムの核となるテーマの曲になった。


むかし、プレステ版初代人生ゲームを持ってたんだけど、ゴール後(=死後)、背景が宇宙から見た地球になって、天使と悪魔があなたの人生はこうこうこうでしたね、と振り返って、終わるといつものタイトル画面に戻るのが怖かった。

2. a stuffed lion

2017年11月。忙しさのピークの時、ラフに作ったビート。サンプリング以外禁止。


Tiny Headed Kingdomってとこのお腹のでっかいライオンのぬいぐるみを海外通販してずっとベッドに置いてるのだが、最近ヴィレッジヴァンガードが取扱始めると聞いてちょっとがっかりした。自分もツイッターで知って買ったクチのくせにね。でもこいつはとにかくお腹の弾力がよくて、寝ながら何かする時の腕置きにも、頭を乗せる枕にも、抱枕にも、とてもよい。

4. a stuffed otter

2017年11月。忙しさのピークの時、ラフに作ったビート。こちらはサンプリング以外も、深夜に口笛を録りまくったりした。


新江ノ島水族館に行った時、カワウソのパペットを買った。パペットはぬいぐるみとは言わないか?パペットのいいところは、手を入れて動かすわけなので、動きがある、手振りですごく表情豊かに見えることがあるところだ、口すら、顔のパーツが動かなくても。表情を見出したがっているのはおれたちのほうなんだろう。

6. smallest stilllife

2017年11月。どこまで打ち込みでどこまでサンプリングかわかりにくくて、けっこう予想を裏切れるつくりかたをしていると思う。こういうちいさい音ものの時にハーフで流動的にせずスクエアでいくのは矜持。


上で「かわいい」の個人的な定義について言ったが、小さくても性質を持っていることで観測者が評価を為せる、かわいさは主張されるものより見出されるものであるという見方に立って、チマチマしたものものがあちこちを独立して動く様子とその俯瞰総評をおれは好んでいる。最小の、何も言わない静物からポンと突き動かされた心の動きが、じわじわと頭のなかで膨れていくことがあり、こういう動機を丁寧に扱って博愛に歩んでいきたいという気持ちになる。美少女的、アニメ/アイドル的かわいいは、大きな存在感と感情の波を生み出し、ひとの心をガッチリ占有できる幸福を生んでいると思うが、別種のものではあると思う。

9. candles

実を言うと未完成曲だ。歌が乗るはずだった。障壁になっているのは一部の歌詞の未完と録り。いつか完成曲になる日が来るのであれば内容は歌詞が語ってくれるだろう。

11. a long walk to lethe (Goodnight Cody Remix)

Goodnight Codyによるレトロ・アンビエント・ジャングルなRemix。原曲のパッドや玩具音などを使って、上モノの不安定で彩度の落ちた重たさと、倍速ビートの軽さの同居が、足下の覚束ないバグったタイム感と記憶の遡行のようなSFっぽい雰囲気を出している、ってのがおれの感想。
実はもう一人にRemixを依頼していたが、諸事情でCodyのみの収録となった。ありがとう!



そうだ、アートワークは、その去年から住んでいる家の近くで撮ったものだ。夏頃に写ルンですで雑に撮ったものがよかったので特にいじらずそのまま使った。アルバム完成後、その場所にもう一度行ったら、植木鉢のテラコッタドール、あひるのオーナメントなどは仕舞われてしまっていた。


以上、これを作れてよかった!それでおれの目標はほとんど達成している。次へ進める。あとはこれを聞いてくれる人がいれば追加で更に嬉しいということだ。主目標ではないし、無理もしないが、これらの曲からおれの考えが伝わったり、それとはぜんぜん関係ない感情が生まれたりしたら、嬉しいなあ。


いやあと、カセットの在庫を抱えるのはそんなに嬉しくないので、よかったら買ってくれ。

CONCRETE SOUND FOR OUR CHILDHOOD