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Hercelot LOG

変な音楽とか

個人的思い入れの深い日本語ヒップホップ

濃厚な回顧&自分語り記事ゆえこれはおそらく消える
自分のブログなんだし自分語りをしても赦されるのか!



Rhymesterの復帰後(『マニフェスト』以降)のアルバムを聴き直した。

したら「あーやっぱおれは日本語ラップ、日本語ヒップホップ好きなんだあ、今の人追ってないし黄金期を聴きこんでるってことではないけど、そもそも好きなモノによって構成されてる、いやむしろおれの趣向は日本語ヒップホップによって大きく組み立てられたのかもな、帰省した時のおふくろの料理、育ちの味なのだなこれは」と思ったので、

で、「アーッ!これ良かったよな!」というよく聴いていた好きなアルバムを書く。
本来酒でも飲みながら同世代の友達とやるべきことなんだけど、「聴いてるものを友達と共有」することがほぼなかったので、仕方なくここで……
だいたい12〜16歳の話



RHYMESTER『グレイゾーン』2004


忘れもしない2004年2月3日。川崎イトーヨーカドーの2Fで親に買ってもらった。今でもすべて暗唱できる。
それまでキック、リップを「めちゃくちゃ歌詞が高技術で、日本語を気持ちよく大量にブン回す」音楽として楽しんでいたけどそれに加えて、何も知らないガキなりに「それっておかしくねえ?」ってヒトの欺瞞を風刺する皮肉に胸がスッとした(スッとする止まり)。
かっこいいっぽい雰囲気や、支持者の多さ・人気が、真面目に考えようとする姿勢に勝ってしまうのって現実だけどクソだな〜って思うけど、ライムスターはいつもちゃんと喋ろうとする真摯さがあるのが一番良かった。ガキにもわかる説明上手で、かつ聞き取りやすい。
大体通しで聴いてたが『ザ・グレート・アマチュアリズム』『4'13"』がお気に入りで、『フォロー・ザ・リーダー』の終わり方と後奏の長さにくらってた。
CCCDだけどiRiverのソフトだとリッピングできたんだよネッ




by phar the dopestby phar the dopest』1998

カードゲームのバラ売りdigろうと遠いゲームショップに行ったら中古CD棚で30円で売ってた
KREVAだし、『TORIIIIIICO!』ヒット後にみつけたからCUE ZEROも知ってたし〜の感覚で聴いたら、年代のせいなのか予算のせいなのかモコモコと抜けの悪いドラム、遠いシンセのゆらめきとドライで近いMC、昔の夢を見た時みたいな音像のノスタルジーの感動が初めて聴いた時から今まで持続している。異物感のないVaporwaveがあったとしたらこういう感じ
『無敵の捜査網』『未来予定図』の上モノのゆらめきは本当にいいですね。あとCUEはラップより歌い上げる箇所に旨味があると思った




TWIGY『素の味』2003

ベストアルバムなんだけど、『Twig』出るまでTwigy聴いてなかったので素直にこれ。Microphone Pagerや雷もこっから
Twigyの声が大好きで、パンチがなく述べる風というか、攻撃性出す時も剣やハンマーより鞭って感じで、それと音像もあるけどアルバム全体がゆるい風呂に浸かってるみたいでずっと聴けたのがよかった。
おれのつくった2.O.O.S.という曲のスキャットカットアップは『ナニナニ』のアウトロだし、クラップは『Twig』収録の『T.W.I.G.Y』から抜いてたりするよね




GAGLE『3 PEAT』2007

休みの日に家族がおばあちゃんと出かけると言うがおれは寝ていて、夜に横浜の万葉倶楽部にいるから来なよって連絡があったからiPod Classicと財布だけ持って電車でみなとみらいに行った、『赤いシャドー』を再生して地上に出た、夜のよこはまコスモワールドの電飾を見て眼鏡を外してみた、曲は『千年愛』になっててエレピとドラムが鳴ってた、輪郭のわからないキラキラした色・光・それに黒い塊にしか見えない歩行者を縫うように歩いた、『Hi−DJ!』の途中で目的地についた。
前作『Big Bang Theory』も次作『Slow But Steady』も好きな曲がありすぎるのだが、上記の強烈な思い出補正で『3 PEAT』を挙げてみた。
客演ものやカッコイイ系の曲がある前半から、ジングル『川浦橋』からの6曲はGAGLEの本懐っぽいメロウで心を掴んで離さない曲の連続。天国への階段を登りながら「ああ、たどりついてしまう……」という気持ちが強まっていく。
あの横浜を1人で歩いていた日、あと少し、『POPURAS』のイントロに辿り着いていてしまったらもっと強烈な思い出になってたろうな




Romancrew『THE BEGINNING』2007

ヒップホップがジャズ・ファンクをサンプルするのは王道なことだけど、ALI-KICKのトラックはヒップホップ的削ぎ方をしない、ジャズの酒場臭さをまんま持ち込んで、担当パートに"男前"が含まれる将絢の低音と、楽器的な声を色々持ってるエムラスタ、というクルーのバランスがすごくよかった。だからバンドバージョンのライブが成立するんだな。
↑の『Circus』は3連のリズムだし、『異国の臭いのする女』『Road Movie』もビートアプローチが多彩で面白い




kanata『gray room 1-1:What is going on in the next room?』2006

Gray Room 1-1: What Is Going On In the Next Room?

Gray Room 1-1: What Is Going On In the Next Room?

  • Kanata
  • ヒップホップ/ラップ
この人らの詳細は殆ど知らない、東大のバンドってことしか知らない
ポエトリー系は韻を踏まない分そのグルーヴが聴く人にハマるか否かでおおきく分かれると思ってるけどこれはうまくハマった。手を出した動機は「ヒップホップの棚にあったから」なのでポストロック、シューゲイザーアンビエント方向の音作りもスッと入ってきた。
絵本ばりに話を読んでいく『逆ピノキオ』、タイムリープを楽曲に適用した『living like poetry part 2 (スタンド攻撃)』と、それぞれの曲はわかりやすい大胆な仕組みが施されてるぶん、それらがアルバムとしてどう接続され構成されているのかは把握が難しい。
このブログでも紹介されてるの見て、ちゃんと図が見たい、盤が欲しくなった





他には、D.L. 『The Album』をめちゃカッケ〜と聴いてたり、MABOの『デラコスタ』と『デラコスタ リミックス』を聴き比べて楽しんだり、ヒップホップとは違うけどRYO the Skywalker『How To Hunt In The Bush』アルファ & DJ TASAKA『ホットカプセル』も大好きだった。
BUDDHA BRANDのあの名曲!とかは音楽三昧がだいぶ板についてきてから聞いたから「思い出の」って感じじゃない。
















以下、ほんとうにしょうもない、おれが10代の時の話です。


なんで日本語ヒップホップ好きになったかは明確に覚えていて、小4で家にケーブルテレビが入って、KTCCの『マルシェ』のMV面白いねなんて家族で観てて、その後Ripが『One』や『Funkastic』を出して、スチャはポンキッキーズに出てたし、親の車で『今夜はブギーバック』のカセットを聴いてた。
East Endの記憶はないけど、Da Pumpはいた。Steady&Co.『春夏秋冬』とケツメイシ『トモダチ』は諳んじた。Dragon AshOrange Rangeはラップが主役じゃないのかなと思って見てた。
親のツタヤカードで『Vitalizer』借りてきてMDにダビングして、featuringでRhymesterがいた。KTCC、Rip、SOUL'd OUTの旧譜を借りたり歌詞を印刷してたら、その後『ザ・グレート・アマチュアリズム』のMVを観てくらった。
『グレイゾーン』が人生で最初に所有したCDで、中学受験の合格発表日に発売したそれを買ってもらった。



ガキのオツムの話だが当時は地頭の思考力に自信があり、全国模試2位とかで天狗になってたのに、FGのラッパーはおれの知ってる単語で、おれには絶対作れない詞を書いてた。
主張があり、身体性があり、韻があり、小粋な掛け言葉まで完璧。
作詞には運指の知識も、実時間演奏についてくるカラダ作りも必要ない。しかも外国語と違い自分だって十余年喋ってきた日本語。アタマのセンスが全て。そこで自分が何もできなかったからやられた。



単語がリズムよく叩き込まれ、頭の中で文章になるのが気持ちよくて、すぐにアルバムまるごと暗誦し、ツタヤに行き日本語ヒップホップの棚をAから順に借りていく。
中学生になったので自分でカードを作れた。しかも電車通学で渋谷を毎日通ることになったのだ……(渋谷のツタヤはでかかった)
色々聴いてみたところ、宣教的な主張が多いRhymesterは合っていたし、FGはポップながらもラップスキルが高く、一方でワルっぽい、ヒップホップのスタイル・生き様が格好良いタイプはあまり興味なかった。ニトロはコワいけど、DABOソロは曲がバラエティ豊かで面白い!とか。
とにかく「すごい技術でうまいことを言う」のが興味の入り口だったので、その尺度がよくわからん洋楽には行かなかった。



そしてトラック。
Jpopを聴くと、Mステでギターベースドラムキーボードにボーカル、たまにストリングス、年末番組ではブラスも、みたいな光景を想像してしまって余計だった。ギターのしくみとか知らんし。クラシックもジャズも「演奏しているようすのイメージ」が邪魔だった。
ヒップホップのトラックは何の音が鳴ってるのかよくわからない、演奏のイメージと切り離されているのが幅広くて面白かった。イヤホンで音楽を聴いた時、頭に立ち上がる妄想の世界に自由が効いた。
それでもまあ人間がラップしてるわけだけど……歌うという演奏より、内容に傾注しなってノリがまだ良かったのかな。
おれにとっては日本語ヒップホップだったこの部分が、ゲームサントラだった人は多いんじゃないか。



やっぱりRhymesterを一番好んでいて、(本来創作においてタブーとされがちな)作品を本人が解説することの面白さを学んだ。かれらの作風がそもそも宣教的であることと、話し上手であることが大きいから、「他の人もみな作品を語るべき」とは言えないが。
それと、何か1つの主張やイメージに依拠するんじゃなくて、自分たちで対になる意見を出すっていうフェアさの姿勢に凄く影響を受けた。アルバムの並びのバラエティ、シリアスの後に情けないことがあるのは照れ隠しじゃなくて双方同居するのがフェアだという姿勢。
自分の意見を持つべきところはしっかり持って、でも多面的に考えられるから正解は1つじゃないだろうとか、他の意見のあり方まで考えた上で俺達はこちらを選択しているぞってことを自ら言及する姿勢の美しさ。
オレがどう思う、しか推さない人間は口論に勝ったり人の行動を支配できるかもしれないが、イニシアチブの所在よりも全員の幸福へ向かおうと務めることが他者への敬意であり、美しさだと思った。
Rhymesterは2015年の『Bitter, Sweet & Beautiful』でそういった美しさを改めてテーマにするが、厨房のおれは昔からその意気を感じとっていた。










以下、もはやヒップホップの話ですらなくて、そのあとおれが音楽好きになりました〜ってだけの自分語りです



当時DJとつく日本人はすべて日本語ヒップホップの棚にあった。
DJ TASAKA『Go DJ』、DJ Krush『寂』と出会いダンスミュージックやエレクトロニカの扉が開いた(今思うと良いチョイス)。

中2になるとブログブームに乗ったり、YouTubeが出来た。
2chまとめブログ、ニコニコ動画tofubeats weblog、人生に飽きたなら明日から秋葉原、Maltine Records、DIG@BOOKOFF、日曜日の朝から憂鬱な僕は人生の七分の一を損している、imoutoid's websitoid……情報がどうとでも集まっていく。マイスペは重くて再生不良まみれだったがmuzieは見れた。

バスケは疲れるばかりで一向にうまくならん、部活サボり気味な中3のおれは家で ふりーむ!漬けだった。知らない人とは丁重に話したいのでネトゲはしなかった。
洞窟物語の開発者が無料の作曲ソフトを出してると知る。音声ファイルをリズムよく鳴らせるらしい。効果音ならそのへんのフリーゲームのフォルダに色々入っている。oggはwavにすると使える。SoundEngineで音量を上げられる。
コード展開やメロディ、器楽演奏の要素が少ないヒップホップトラックを沢山聴いてたから、シーケンサーで効果音コラージュの音楽を作るのは自然なことだったし、HIFANAみたいな曲(ライブではなく曲)が作りたかった。

で曲を作り、安いDAWを買い、muzieやニコニコで公開、小遣いはすべてツタヤにつぎ込み1枚でも多くのアルバムを集め、WARPROMZ、同人出展、クラブ、マルチネデビュー、ライブ、受験、大学……








音楽について、人に薦めてもらう、人に習う、人を模倣する、人から学ぶということを真面目にせず、商業と同じ音を出す努力の代わりにぼんやりアイデアをこねてばかりだったせいで、未だにDTMが下手。趣味もひん曲がった。

こびりついたインドア性。
男子校から解放されても大学の人間は男女問わず異世界の生物みたいだった。
音楽の臭いのするところにしか居つけないオタク。
でも楽器はできず。楽譜も書けず。
256分音符を一つずつ手打ちしたグリッチビートの曲は教授に「サンプルを使うのはやめろ」と言われて終わり。
周囲は「Jpopが嫌いなんて俺も若かったわww」と手のひらを返し始める。お前らただのポーズで嫌っていたのか?「そういう時期」とは?
音ゲー界隈はなんかキャピキャピイチャイチャしていて眩しい。
同人は話があう人たちが話す場だ、ついて行けない、と感づいてすぐに撤退(身勝手で周囲にほんとうに迷惑をかけ、謝罪しきれていない)
アニメにもなんだか熱を持てねえ。とらドラ!見てみて浅薄な感想でみのりんが好きといったらその頃の彼女にマジトーンで説教されたのでなんか向いてねえなと思った。
マルチネのイベントと作曲研究会の部室にぎりぎり居場所があるのは、あまり同調が必要でないからか(内側にいたからそう思うだけか)。そしてネット。

そういうことで悩んだ時期も大いにあったけど、まあ好きなもんがずっとあるならそれでいいじゃんね。
ずっと好きだった日本語ヒップホップに触れ直してそう思いました。

CONCRETE SOUND FOR OUR CHILDHOOD