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Hercelot LOG

変な音楽とか

MP3に1,000円出すんなら2,000円出してCDのほうが好き

音楽

表題と文章はあんまり関係ないです。

音楽はフィジカルがいいのかデータでいいのか、という話題は何遍も何遍もおんなじようなことの繰り返しでみんな飽き飽きしてると思う(べつに、個々人の感想なんだからいくら同じ内容が出てきても再発明だパクリだみたいな問題じゃないけど。)(そんで、個人レベルでの意見交換がもう潮時でしょう、ってところでメディアが再点火して感想が紛糾してまたその次元の話かよ!ってなるんだあ……)。
ちなみに僕の立ち位置は、聴くことについてはMP3でじゅうぶん。でもCDはほしい何故なら手元に置いて眺めたいから。レコードは再生機器がない(でも微妙に買ってる)。


で、CDってのはなかなか中途半端で、アナログほどの特有の音質はなく、MP3ほどの利便性もなく、データインポートしたら後は置いたり触ったり撫でたり微笑みかけたり頬ずりしたり舐めたりするしかない。
ジュエルケースからいちいち取り出し、CDコンポで聴く体験がいいんだ!というのはわかるけどレコードもそうだしCD特有ってわけじゃない。車内でそれができるのはいいけど、自分編集のカセットテープのほうが味わいは上を行ってそう。


というところでCD特有の良さなんて今あるのか?と過ごしてたんだけど、先ほどこれはと思うことがあり、Twitterでつぶやく程度の大したことない内容ながら字数はかかりそうなのでblogに書いているわけ。


音楽を「買う」「DLする」ことは「自分と作品の距離を近づける」ことだと思っていて、
例えばbandcampで無料のアルバムをずかずか落としてきたところで大して聞かない。しかし「iTunesに入れたからには聞かねばならない」なんて強迫観念じゃ音楽楽しむ以前の話。
個人的に好きな考え方としては、曲データが、Web上のどこかのサーバーにあるより、自分のパソコンにある方が「近い」(聴きたい→聴く、までの時間が短い)だけだと思うやつ。
ショップに置いてあるCDより、手元にあるCDのほうが「近い」し、インポートしててPCからすぐ聴けるならより「近い」、出先ならiPhoneに入ってたらもっと「近い」という感覚。これなら罪悪感まったく持たなくていいから良いです。
近いほうが嬉しい時もあるし、微妙な遠さが味になる時もある。わざわざケースから出すみたいな遠さ。


とはいえ、折角入手してiTunesライブラリに加え「近く」なったMP3も、手に入れたこと自体忘れて眠ってる曲は精神的には「遠く」なってしまってる(まあそういうのをシャッフル再生とかで偶然掘り返すのがまた楽しいんだけど!)。
CDも机にでも置いとけば自然と目に入って思い出したりするけど、インポートするだけして棚にしまっちゃったらデータと同じ。このあたりにもアナログの隣人のような温かみがあったりするかも。


ところで先日、僕は『21世紀の京浜兄弟者』という11枚組CDBOXを買ったんだけど、まだ3枚くらいしかインポートせず、その内2枚分だけを日常的に聴いてる。
CDはインポートせずに置いておくことができる!これは大きい。MP3に埋没して精神的に遠くなっちゃうのを防ぎつつ、頃合いを見てライブラリに加えて距離を近くできる。この塩梅を自然にできるのがCDの強みだなあと思った。購入して、手元という近さに作品をもってきてから、MP3にするまでのワンクッションで遊ばせておける余裕が、フィジカルかつデジタルなCDの良さだなあーということをね、今日思ったんです。


そんだけです。解散。



追記:アーこれは、あれですね、同じ作品がMP3、CD、アナログで聴けるとしてどう選ぶかという話なので、「CDは世の中にめっちゃあってBookoffで掘れる」みたいな優位性はとりあえず置いといて、形式を選択できる時にどうしますかみたいな観点。

CONCRETE SOUND FOR OUR CHILDHOOD