来るべき世界(ラウドネス・ノーマライゼーション)
これはラウドネス・ノーマライゼーションについて解説する記事ではありません。
gyokimae氏が自身のホームページで「ダイナミック・レンジとメータの話」「収録レベルの話」「K-Systemとは」といった、読み物としても非常に面白い記事を書いていらっしゃり、それを読んだ感想をここに書き留めるというだけのものです。Twitterに書くと文字数だけは無駄にとってしまいそうだから……
内容は分かりやすいながらも真剣なもので、とにかく一つ目の記事だけでもぜひ読んでください。
素人考えのBlogのため、多くの偏見が含まれている可能性が高いです。気になった点はコメントやTwitterで指南していただけると有難いです。
概要
氏の記事を読んでください(イラストもあってわかりやすいです)、というところですが自分なりにまとめると……
1. 音楽を作る人たちは自分の曲を聴いてもらえるよう、みな切磋琢磨している!
→ところで人間は、「大きい音」のほうが「いい音」に聞こえてしまいがち、という特性がある…
→じゃあ、「他の人より大きい音」な曲を作れば、プラスになる!
或いは、「他の人より小さい音」な曲だと、ショボいと思われちゃう!?
2. 音楽データってのは、最大音量の上限が決まっている。
→それより大きい音を使いたい時は、「波形をツブす」というワザを使う(音圧稼ぎなどいう)。
→すると音量の制限内でも、より「大きい音」に感じられる(でも音色とかが多少変わる)。
→ツブしたおかげで大きい音になった!というアイツの曲よりも大きくしたい……
→「他の人よりチョット大きくしたい…」とみんなが思った結果、どんどんハードにツブすようになる。
(→勿論、綺麗なまま音をツブせるテクノロジーや技術も出てきたり、
もっと別の方法で大きい音を得ようとする動きも色々出てくる。後述)
3. おかげでシャッフルで曲を聴いてたら、昭和歌謡の次にPerfumeが来て音がでけえ!みたくなったりする。
(懐かしい体験)
→その時人は「手動でボリュームを下げる」。
4. ところで最近「最大音量」じゃなくて「ラウドネス」で音の大きさを扱おう、という動きが盛り上がってる。
(ラウドネス というのは、「人が感じる大きさ」にかなり近い測り方で出した数値。)
→今までの3みたく「手動でボリュームを上げ下げ」していたところを、機械的に判断できるようにしようということ!
→機械的に判断できれば、プレイヤーに自動調整させることもできる。
5. それでは、2のように「最大音量の中でも大きく聴こえるように頑張った曲」と、「音の大きさについてはとくに頑張らなかった曲」が、4の自動調整をされるとどうなるか。
→「頑張った曲」は頑張った分ボリュームを下げられて、ツブれた感じだけが残る……
「頑張らなかった曲」は元のいいバランスのまま。むしろパンチがあるように聴こえる。
6. この調整(ラウドネス・ノーマライゼーション)は放送業界の基準になってたり、iTunesにもそういう機能がついたりしてる。
→もし、iTunesのこの機能が標準でオンになったり、もっと広く扱われるようになったら、2のマキシマイズの頑張りは無駄になるかもしれない。
逆に言えば、1みたく「ショボく思われたくない」ゆえに曲のバランスと戦う必要もなくなるかもしれない。
こんなところでしょうか。
繰り返しますがちゃんとした分析や出典などはgyokimae氏の記事をぜひ。
勿論、僕の書いた文についての文句は僕に言ってくださいよ。
感想
記事の、現状についての指摘は至極尤も、そして来るべきラウドネス・ノーマライゼーション一般化後の世界という視点については知らなかった内容なのでとても興味深かった。
僕も一介の音楽家(そして音圧稼ぎが苦手で泣きを見ている者)として、そういうものを気にせずミキシングできるようになれば気は楽になるだろうなと感じた。
一介のリスナとしては、iTunesの自動音量調整はちょっと手が出てない(ライブラリの曲数が膨れ上がっているので、解析実行する勇気が出ない)。
ダイナミクスレンジを大きくとっても音圧負けする心配がなくなるのはとてもよいことだけど、一方でマスターコンプレッションのきつい貼り付くようなサウンドもそれはそれでいい。海苔波形など揶揄されてもあの貼り付いたスネアヘッドのディケイが低域と呼応してクワッと立ち上がる感じが〜など愛する様々な人がいると思うけど、きっとそういう音作りをしながらもダイナミクスも持たせる、みたいなあらたなテクが創出されるんだろう。
現在のクラブミュージック視点
音圧と波形の張り付きという話題についてはやはり、クラブミュージック方面の電子音楽が責任の一端を担っている。
というのは、実在楽器と違い電子音はかっこ良かったらなんでもアリになりがちなので「原音を守る」必要が薄い。「音圧を稼ぐという目的に対して最適な波形、かつ、かっこ良い」ものを目指す障害が少ない。音色だけじゃなく編成や展開、音楽の在り方レベルで自由度が高いぶん、極端になりやすいのだ。USクラブミュージックのシーンがポップスにも転用され、K-POPが倣い、それにJ-POPも続き、バンドミュージックも音圧負けしてられない、なんて流れはよく見ただろう。
そこで思ったのは環境に合わせてサウンドは異化する。ということだ。言ってみれば今の海苔波形音楽だって、音圧戦争を制するために練り上げられたある種の特殊兵器みたいなものだ。なので、ラウドネス・ノーマライゼーションが一般化されても、その裏をかく戦いに陥り、戦いに応じた兵器ができるのではないか?
LUFS(ラウドネス測定値)を一定に保ったまま大きく聴こえるようにする、というのは、今でいうリミッティングほど単純な話ではないだろう。ITU-R BS.1770-3 / EBU R128アルゴリズムはプロの研究のかたまりで、低域がラウドネス稼ぎすぎないとか曲中の静かな部分に左右されすぎないとか、いろいろなケースに対応しているらしい。しかし、いくらでも異化できる電子音楽の自由度にも耐えうるほど万能なものなのだろうか?
流行の変遷
French Electro、Electro House、そしてBrostep。この流れはトータルコンプがハードにかかるのがかっこいいと思ってたのだが、その後来たTrapは抜きとシンプルさに寄ったものだったし、"Ultra Thizz"や"Draw (Dorian Concept Remix)"以降の「全帯域出す→切る→出す」を繰り返すような音楽(僕は勝手に"ぶん殴り系"と呼んでいた)も音を出さない時間帯が大事で、Jersey Clubはカットアップエッジ立たせるものだったし、Future Bass(という呼び名がどの範囲に及んでいるかあまり考えてないが)にしても局所局所の音数を絞る方向に来ていると思う。「サブベースはそのまま出すより適度にアンプモジュレーションなど掛けた方が量感が出る」なんて技もあったがそれも意味は近い。
来るべき世界に抱く不安…?
とにかく、音圧重視な現在においてもある意味ダイナミクスレンジを取る発想の音楽が跋扈している。EDMはドロップで音数減るとはいえトータルコンプ的かもしれないけど。この移り変わりを見ると電子音楽の流行や環境に対する対応力の高さを思わずにはいられないし、「音圧を稼ぐテク」と「ダイナミクスのある構成」の一見矛盾した組合せによる音楽っていうもんも生まれそうだ。BS.1770でLUFSが平常値しか出なくても「音が大きく聴こえる」、「パンチがある」つまりダイナミクスレンジの化け物みたいな兵器音楽がクラブミュージック・ポピュラーになったら、今のピーク・ノーマライゼーションの世と同じくエンジニアが苦しみながらミックスバランスを歪ませるようになってしまうかもしれない。
僕が追補すべきこと
上記したジャンルの音楽についてLUFSをちゃんと測定すること。
僕の予想では、これらの音楽込みでBS.1770は人の感覚に近いラウドネスを算出するような気がする。問題は未来の音楽のほうだと思うが、現時点でも特例みたいな曲はあるかもしれない。
あと可能な限りBS.1770のアルゴリズム文献に当たってちゃんと読んで間違いは訂正すること。
最後
上で「アルゴリズムは〜万能なものなのだろうか?」なんて言ったけど、アルゴリズムのほうも世に合わせて変化すればいい話だと思う。BS.1770-3の-3ってのはVersion3ってことだろう。なにより国連機関の策定だ。僕の心配なんてまあ相当悪い方に見積もった不安でしかない。
あと、「必要から生まれるサウンドムーブメント」なんてのは時代性があって面白いよね、「ああ、この頃はちょうどラウドネス・ノーマライゼーションが一般化したからこんな出音ばっかりでさあ」みたいに後年語れるのは楽しそう。様々な音楽が生まれる。
立ち返った話をすれば、ラウドネス・ノーマライゼーションが一般化するのは作る側としても聞く側としてもウェルカム、ってのが僕の感想。ところでBS.1770がそのまま広まるという仮定で話していたけど、やはり現在の音圧重視音楽が不利になりすぎることを懸念して「100%でなく幾ばくかだけ、LUFS基準のリダクションをする」ストーリーはないだろうか。さして現実的じゃないか。
むしろラウドネス・ノーマライゼーションがリスナーに一般化しないストーリー、の方を危惧するべきで、それに対して少しでもこの話題を喧伝していくべきだ、というのがgyokimae氏が自サイトで丁寧なまとめを作った理由の1つなんだと思う。
おまけ
超低音とラウドネス・ノーマライゼーション
BS.1770が使ってるK-Weightカーブ(周波域ごとのラウドネスの重み付け)を見ると、見た感じCutoffが60Hzで-9dB/OctくらいのLoCutがかかってる。「超低域に音を盛ってもふつう音が大きくなった感じは薄いから、LUFSはそんなに伸びないよ」ということなんだろう。
ラウドネス・ノーマライゼーションの世になったら、ダイナミクスレンジを活かすためにヘッドルームを存分に取るような音量の音声データが売買されることになるだろうが、言い換えれば、LUFSに影響しにくい音をたくさん盛り込んでも音割れしないくらいヘッドルームあるということで、K-Weightで軽視される超低音を盛り放題→流通→ウーファーのしっかりしたサウンドシステムで鳴らして負傷者が出る、という夢を見たんだ。
DJとラウドネス・ノーマライゼーション
DJの現場にラウドネス・ノーマライゼーションが適用されるとどうなのか?という疑問については、PCDJソフトがあらかじめスキャンしてオートゲインしたり、CDJにもそういう解析機能がつけばいい。ヴァイナルはそもそもノーマライズなどという話ではない。
後述、といって後述し忘れていた
現在のマスタリングで行われる音圧稼ぎは「リミッティングで見かけ上の振幅を増幅する」「倍音を付加して帯域を埋める」「M/S処理でサイド成分を有効活用する」が基本テクで、そこに優秀なプラグイン、最新のアルゴリズム、耳の肥えたエンジニアのスキルが総結集されて行われている。
いずれも原理的には音が変わるので(そりゃそうだ)、いかに「あんまり変わらないようにする」か「むしろ変えた方がいい」的価値観に落としこむかという戦いになる。
この最終段階で辛くなり過ぎないように、ミックスの時点からそれぞれのトラックにパライコを挿して余分な帯域を消してコンプでピークを抑えて〜といった努力が要る。
目的は音圧のためとはいえ、音作り自体にも大きく影響しているから、音圧が必要なくなっても音色目的の実践としてはためになっているのかもしれない。
おわり